〈01 落とし物 〉
ひぐらしが鳴いて、空の青さがいくらかうすいものへとかわり、ジュースでも飲もうと思って立ち寄った夕方の公園。
それを見つけたのはブランコの上。
はじめは置き去りにされた弁当箱かとおもったのだが、近付いて持ち上げてみると黒い棺の形をした高価そうな小物入れ……?
ひきよせられるように手に取ってしまったが俺のものではない。
持ち主の名前が書いてあったとしても知らない誰かのものであることに変わりはないが……蓋のところになにやら筆記体で刻まれているな。
ええと……F…………あとはなんてかいてあるか筆記体には疎いので読めない。
そのまま手にしているながれで蓋を開くと、ふわりと甘い薔薇の香りがした。
した。けれど……。中に入っている赤い薔薇は手触りの良さそうな布でできたものだったし、香水がふきかけられていたにしてはあまりに一瞬すぎて気のせいにも思えてくる。
「ああこれ、オルゴールか」
まわりに誰もいないのを見渡してみるも、音色の届くであろう範囲に持ち主はいないようだ。
くるくるとネジをまわす。
どんな曲が流れるのだろうか。
オルゴールにされた曲はどんなに明るいようなものでもどことなく物悲しくなるのはなぜだろうな?
そうして、適度にまわしたところで手を止めるも肝心の音が鳴る気配がない。
もとの場所に戻したら落ちたりするだろうからせめてベンチの上とかにあった方がいくらもまし。
オルゴールを手にもってブランコから離れ、屋根のあるベンチに置く。
ただの学生である自分がオルゴールの治し方なんて知らないし、これくらいしかできないが……。
「ああ。ここだったのね」
オルゴールから視線を移すと不意に少女らしい声が聞こえて、ふわりとまた薔薇の香り。次にまばたきをしたときには王冠の髪飾りをつけた赤い瞳の少女が目の前にいた。
言葉の意味的にはこのオルゴールの持ち主にちがいない。
「いや。あんなところに置いてたらいつかは落ちてまた壊れるぞ」
反射的につい言葉を返す。
「また壊れるって。これ、壊れていないのだけれど?」
彼女はオルゴールを手にとってポシェットにしまいこむ。
「音は鳴らなかったぞ?」
彼女は不思議なものをみるような表情を浮かべて俺と目を合わせてじっと見つめてから、
「ワタシの持ち物よ。アナタが気にすることではないじゃない」
「まぁ……それもそうだな」
またふわりと薔薇の香り。
少女からは不可思議な気配を感じるが、特別敵意だとか身の危険を感じるような気配はない。
「ともあれ見つけてはくれたのだし、アナタにお礼はしないとね」
「いや、そういうのは別に……」
断ろうとおもっていたらもう次の瞬間には彼女は最初からそこにいなかったかのようにいなくなっていた。
オルゴールの持ち主が現れてよかった……と思うべきなのか、またなにか不思議な出来事に巻き込まれそうな予感がするというか……。
マジでなんだったんだと、謎と困惑だけを残し……だけど事件には繋がらないだろうと思いながら帰路につく。