〈02 星の夢 〉
たしかにベッドで眠ったはずで夢の中だとおもうのだが……また……いつかの明晰夢というやつだろう。
夢とはどこに繋がっているかわからないものだから。
無意識に外に出ていたとしても、眠った自分のままだとしたらパジャマ姿で、もしかしたら裸足で歩いているはず。
夢だと思える理由はほかにもあって、こんなに紙みたいに真っ白な空はみたことがないし、なにもよく知らない人間がみても一目でわかるような薔薇園なんて近所には存在しない。
「悪夢じゃないだけ良いか」
不思議の国のアリスに出てくる薔薇園ですら、家来のトランプ兵によって管理されている。
不思議な力が働いているとしても、庭であるように見えるのだから主くらいはいてもおかしくのないはなし。
「まだあまり歩きだしていないようでよかった」
辺りを見渡していたら背後からついさっきの夕方に聞いた少女の声が声が聞こえる。
「……同じ存在か?」
ふりむいてみたら王冠の髪飾りとルビーのような赤い瞳は変わらず、けれど自分より背が低……幼くなっている。
「ええ。もちろん。おどろかせるためにしたことだもの。どう?びっくりした?」
子供特有の無邪気そうな笑みを浮かべたとおもったら、夕方のときの姿に早変わりしていて……直感的に不可思議な存在だとおもっていたけれど、夢だから些細なことはあやふやにできるからなのか。
そうだ。そもそも姿が好きなように切り替わる以前にもっとはじめに気にした方がいいことをおもいだしたぞ。
「で……お前は誰なんだ?」
つかみ所がなかったり、鳴らないオルゴールの持ち主である以外はよくわからない。化けることが出来ているからきつね系のなにか……?耳もしっぽもないからそれはちがうか。
「さて、誰でしょう?」
「……この庭の主?」
「かりとることが運命で壊すことの方が得意だけれど、ここはうまく作れたわ。そういうアナタこそどなた?」
……うん?
答えになってないな?
「俺?……なんでもない毎日をおくるただの人間の学生だ」
「なんでもない毎日では無いのではなくて?」
こんな不思議な場所に招き入れるような存在だからそう言ったのか、つかみ所がないからそう言ったのかまではやはりわからない。
「それに。誰か。だなんて聞かれたって易々と答えられるものではないわよ」
これは、多分俺の聞き方が悪かったらしい。
「……じゃあ、お前の名前は?」
改めてたずねてみると、彼女はきょとんとした表情になってからにっこりと笑う。
「それなら答えられるわね。プシュケでいいわよ。よろしくねにんげ……がくせい?さん」
「俺は……呼ぶなら百々でいい」
「モモ? 」
「ともあれよろしく」
手を差し出してお互いに握手をする。
プシュケの名前はPではじまるはずだから、棺の蓋のところに刻まれていた文字はなんだったのだろう?
たずねようとして、空がいつのまにか白い空から夕焼けの空に、薔薇園から俺のよく知った学校の屋上に切り替わる。
「ここから飛び降りたのになんでもないだなんてよく言えたわね」
プシュケは手をはなしてすたすたと歩いていくと、こちらには背を向けたまま屋上の柵に腰かけたので、俺もそれを真似て隣に腰かける。
「失敗に終わってるから此処にいて……つうか、記憶を覗き見するやつに言われたくはねぇな」
それに、飛び降りたのはすくなくともこんなに綺麗な夕焼けの時間帯ではない。
「というわけで、また飛び降りちゃいましょう」
どういうことだと返す間もなく、プシュケは俺の手首をつかんで屋上から飛び降りる。
「わ」
落下していく感覚はやけにリアルで、夢の中で死んだらほんとに死ぬ場合もあるとかないとか聞くとかそういうこと考えてる場合じゃなくておもわず目を閉じただひたすら風を受け…………とまった……と、おもったら
星空の上にいた。
どれがなんの星座かなんてわからないくらいの星の静かな瞬きと、天の川には本当に冷たい水が流れていて、あとにも先にも体験することの無いような場所……宮沢なんとかの世界観が実在するのならおそらくはこういったものなのかもしれない。
「びっくりした?だって、此処、アナタにとっての夢の中だもの」
そういうプシュケは気をつかう素振りというより、いたずらに成功したときの聞き方。
「する」
誰でもそうだろこんなの。
なにかひらめいた顔のプシュケの手に握られていたのは……俺も好き好んで使うことは多いけれど……死神のもつような大きな鎌で、
「えい」
なんのためらいもなくそれを振り下ろしてきたので後ろに軽く下がって避ける。
「きくならここだと思ったの」
俺を斬ったわけじゃなくて、あろうことかその辺の空間を裂き棺のオルゴールを取り出しふたを開けくるくるとネジをまわす。
「薔薇の庭でもよかったぞ?」
ほどなくして、オルゴールからは優しげな音楽が流れはじめた。
「コレをみつけて、壊れないところまで運んでくれたお礼というものよ。まぁ、もとの場所にもどるときはなにか頂戴」
何処できいても綺麗な曲のような気がするが、翻弄された末に星空にかこまれてきいているからか心がやすらぐというのはこういう感覚なのかと息を吐く。
「あー……武器が同じだから親近感。でもないけれど」
「これは武器にカウントされるの?」
「まぁ……人によっては?」
戻るためになにかを渡さないといけないのはわかったが、こんなところで能力は使えるのか?
試すのもかねてまずは小さなビー玉をつく……ることができたな?
「これでどうだ?」
もう何度となく硝子の能力で作り上げてきたものだから、そのまま大鎌を出し差し出す。
「あら素敵。鎌は何本も持っているけれど、これもこれで良いわね」
受け取ったプシュケは楽しそうにくるくると振り回す。
「じゃあ。短い間とはいえこれでさよなら。またね?」
ひらひらと手をふるので俺も手を振りかえす。
「ああ。まぁ、そうだな。今度は珈琲でもご馳走してやるよ」
そしてまたプシュケが俺の足元をきると眠るときと同じように意識が離れていく。